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楽しいはずが・・・

2009年08月28日 18:21

旅行会社のパンフレットでもよく目にするサントリーニ島。
青と白のコントラスト、透き通るようなきれいな海、ホテルも奮発してプール付きに!!
サントリーニ1

サントリーニレストラン

リゾート気分で島に降りた私達だったが、来ているはずのホテルの送迎が来ていない><

待つ事1時間。やっと現れたホテルの送迎は、なんと次の船も来てから出発するから、
「あと15分ここで待て」と言い出した。

15分くらい良いかと私達はしぶしぶOKした

        

         待つ事 30分・・・・・・・・

    

ここがインドや中東なら“まったく”と思い笑って待てるが、ここはヨーロッパ、しかも滞在費だって結構する。
しかも 到着してから港に2時間近くは待たされていた。

送迎のおじさんに聞いても「もう少し もう少し」と返ってくるだけ
少しイライラ気味で待つ事50分。

なんとホテル送迎は予約客を待っていた訳ではなく、他の客引きをしていた****

想像していた以上にギリシャ人はテキトウな民族かもしれない。


時間はかかったもののなんとか無事ホテルに着いて、海に出かけてみる。
お洒落なパラソルがビーチに並ぶ、私が想像していたとおりの素敵なビーチ。
泳いだり、本読んだり、私にとって旅中に一番贅沢と思える時間を過ごした。

そして2日目は青と白の町“イア”に向かった。
やはりきれい!!これは誰がみてもため息が出てしまうような美しさだと思う。

サントリーニ2

サントリーニ3

民家のテラスもこんな感じなんです^^
サントリーニ4


レストランもお洒落
サントリーニ5


こんなにきれいな島なのに、私達にとってのサントリーニ島はもう来ない島。。。

どうしてもギリシャ人が好きになれない。
もちろんいい人も沢山いるはずだが、3泊4日中一度も出会わなかった。
バス停でスタッフに時間を聞いても無視したり、出発時間になってもバスのドアが開かないから、
軽くトントンとバスのドアをたたいたおばさんに対して、大声で怒鳴ったり、

旅行会社でそこでチケットを買ったにも関わらず、2・3質問をしていたら
「あとまだなんか聞きたいことある?私忙しいんだけど」と言われた事もあった。

その上帰りのバスの時間を聞いてもどこの旅行会社もインフォメーションもそれぞれにバラバラの答えが返ってくる。
それどころか「バスはないからタクシーで行け」と言う人までいた。
一大観光地としての受け入れ態勢が出来ていない。

いろいろな国に行って 色々な人と出会って経験をしているYASUさんでも

「日本人はなんであんな『ギリシャ ギリシャ』って言ってるかがさっぱり解らない

     世界的観光資源の上ににあぐらをかいてハード面とソフト面が途上過ぎる!!」とご立腹

ギリシャ人とのやり取りでヤスさんも全く良いイメージは持っていない様だ


そして極め付けが、帰りのフェリーでの出来事だ。

私達が乗る予定だったフェリーはなんと6時間も遅れた。
私達を含め、沢山の旅行者がなぜ遅れているのか?、何時にアテネに到着するのか?を知りたくて港前の旅行会社に押し寄せた。


その後の飛行機や電車の予定があったり、それぞれに予定があるのだから質問するのは当然だ
そもそも6時間遅れる事に対して何の説明も謝罪もない

それなのにその旅行会社はギリシャ語でバーァっと何か言った後、
  

            一言英語で「出て行け!!」
  

チケットを売った責任の中で半ば混乱状態ではあったものの ギリシャ人が解決の為に放ったこの言葉「出て行けっ」
 開いた口がふさがらない というのはまさしくこのことだろう

これが決めてとなり、私達はもう2度とギリシャは来る事がない国だろうと思った
旅行していて、ここまで嫌いになる国は初めてだ><

ギリシャ好きの方 ごめんなさい。

そうは言ってもこのブログを書く為YASUさんの撮った写真を見てみると、
ここに自分がいたんだなぁと思うと嬉しくなるほど綺麗。

正直ギリシャの悪い部分を全部伏せてしまいたくなるほどだ。

最後にこれまた格別の景色だったイアの夕日
イア夕日1

イア夕日2

イア夕日3

イア夕日4

こんなに色々書きましたが、やはりサントリーニ島は素敵です^^

帰りのフェリーでYASUさんが隣の白人旅行者に「ギリシャはどうだった? 」と会話していると
その旅行者は「素敵な土地だったねー  ここにギリシャ人がいなかったらもっと良い土地になるんだろうけどね^^」
  とブラックジョークを含めて言っていた 

       やはり あまりギリシャ人は評判が良くないようだ・・・・・
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アテネ

2009年08月25日 07:31

私達の今回のギリシャ旅行のメインはなんと言ってもサントリーニ島。
やすさんは前回の世界一周旅行の時、「一大リゾート地に男1人で行ってもつまらないだろうし・・・」
との理由で行かなかった場所だ。
時間のない私達はどうしてもサントリーニ島に3泊はしたいと思い、アテネは泊まらずに1日観光したら
そのまま夜行フェリーでサントリーニ島を目指すという強行日程を組んだ。

駅の構内のロッカーに荷物を預けいざ観光に
ロッカー荷物

2年間の生活のすべてがこのコインロッカーに入ってしまうのがびっくりだ。しかも2人分!
なのになんで日本のアパートはあんなに荷物が多かったんだろう??
本当に必要な“モノ”って以外と少ないんだなーって実感しますね

そしてまずはオリンピック場へ
オリンピック1

オロンピック

第一回のオリンピックが開催された場所。
子供の頃からずっとスポーツをしてきたやすさんは、どうしても見たい場所だったらしい。

その後パルテノン神殿やアテネの町並みを一望出来る丘に登り、一通り観光を終え
サントリーニ島行きのフェリーに乗り込んだ。


フェリーのデッキ
フェリーデッキ

フェリーの中からリゾート気分満載^^

約10時間の船旅を終え、サントリーニ島に到着。
客引き1

客引き2

客引きやホテルの送迎の勢いがすごいっ。

いよいよ楽しみにしていたサントリーニ島!!3泊4日満喫してきます!!

人の温かさ

2009年08月23日 20:44

昨日偶然アルバニア人のサーシャに出会い来る事になったアルバニア。
バスは遅れることなく到着して、何もかも順調に進んでていたが。。。

アルバニアの首都ティラーナの町を歩いてみると、久しぶりに「チーノ」攻撃><
若者達が面白がって、「チャイナ」や「チーノ」などの言葉を浴びせてくる。
世界を旅しているとある地域で、アジア人や中国人をバカにする意味で「チーノ」や「チャイナ」と叫ばれる事がある。

歴史的な背景や商売上の理由で中国人が嫌いな為 その言葉を使う場合もあるらしい。
アジア人をバカにしているのか、それともただ言いたいだけなのか。
どちらにしろ、あまり気分は良くない。

これまで旅中に何度かチーノと叫ばれた事はあったが、ヨーロッパに入り文化レベルも上がった為か、
そんな事はなくなっていた。

インドなどで「チーノ」と言われても、「私は日本人だ!!」と言うと
「おぉ^^ジャパンか^^ジャパンはグッドだ!!」なんて言われて、笑っている自分もいた。

しかしこの国は違う気がする。アジア人という事に対してバカにしている感じがして、
彼らにとって私が日本人だろうが中国人だろうが関係ないのかもしれない。

その上 色々考えていくと、「中国人」と言われる事がなんで嫌なのかさえわからなくなってしまう。

とにかく自分の中で 「チーノ」なんて言う人達は、レベルの低い人達だと思い気を取り直す事にした。


こんな感じで出だしはイマイチだったものの、気分を変えて 2日日に私達は田舎町に出かけた。
ホテルの人に教えてもらった場所で、バスは山の上り口までしか出ていない為、
そこから1時間半ほど山道を自分で歩いて行くちょっとハードな場所。

少し不安なままバスに乗り込むと、びっくりするほどみんな親切。
「どこから来たんだ?」「どこに行きたいんだ?」「着いたら教えるから心配するな」などと・・・
なんの不安も無く山の上り口まで到着し、山頂の村を目指し早速歩き始めた。

歩き始めてすぐに1台の4WD車が通ったので、もしかして?と思いやすさんが親指を上げてヒッチハイクの合図をしてみると
「どこに行くんだ?連れて行くから乗りな!!」と止まってくれた。

車に乗ってみると、彼は制服を着ていた為 「仕事中なの?」と聞いてみると なんと彼は警察官だった。
警察

この旅 初めてのヒッチハイクがこんなにも簡単に成功してしまった^^
しかも警察官の運転する車。

警察官が仕事中に山の上まで送ってくれるなんて、この国の人の良さそして陽気さに感動^^

そしてたどり着いた小さな村は、何にもないのんびりした 
アルバニアの人達の生活を垣間見る事が出来る村。
アルバニア村

小さな商店でお茶をしながら、店のお母さんと片言で会話。
なんかお母さんの優しさが顔ににじみ出てる感じです^^
店のお母さん

お母さんとの会話中に買い物に来た女の子が英語が話せた為、彼女が通訳してくれました。

アルバニア少女

そのまま話が盛り上がり、彼女の家に招待してもらうことに。
家招待

テラスでお母さん手作りのぶどうジュースをご馳走になり、日本のことアルバニアの事色々な事を話した。
お母さん
アルバニアお母さん

お母さんは花が大好きで、庭はきれいな花でいっぱい。お母さんの年代くらいまでは英語は話せず、
アルバニア語とロシア語が話せる。


アルバニア弟

弟は大学で経済を勉強中。英語も上手^^

びっくりした事に アルバニア人にとって、中国と日本はあまり違いがないらしい。
日本語と中国語は違う言葉だから、私達は中国語は殆ど理解出来ないと言うとびっくりされた。

それじゃぁ、もちろん顔なんて見分けがつかないだろう。

まぁ私達がマケドニア人もアルバニア人も見分けがつかないのと一緒なのかな??

こんな感じで色々な会話をして、楽しい時間を過ごせた私達はこの小さな村から帰る事にした。

帰り道にも2分ほど歩いただけで、「どこに行くんだ?乗せてくよ」とまた車が止まってくれた。
乗せてくれた彼
アルバニアヒッチ

彼は日本の空手が好きで、「こんにちわ」「ありがとう」などの片言の日本語も知っていた^^

こんなにも親切な国は久しぶりだ。
ヨーロッパに入り、やはり人との距離間を感じていた。
先進国になればなるほど、みんな自分の生活があり、なかなかポンと来た旅行者にかまっている暇は無い。
旅をしていても 正直どこか人間味が感じられなかったり、その土地で暮らす人との出会いがぐっと減ったこともあり
私達の大好きな「アジア戻りたいな」と思うことも時々あった。

そんな中で久しぶりに 人の温かさ、親切、そして人との出会いの楽しさを感じさせてくれる場所だった。
アルバニア着いてすぐの「チーノ攻撃」もなかった事にしよっかな^^。。。。結構単純なわたしっ^^
大満足のまま次は16時間のバス移動でギリシャへ。

偶然の導き

2009年08月19日 10:14

世界遺産にも登録されている 湖のほとりの町 オフリド
オフリド2

のんびりしたいい感じの町だ そしてこの町 人も陽気で居心地がいい。

湖のほとりで楽しむ人達
オフリド3

オフリド1

2日連続のバス移動で疲労困憊の私達は久々のシャワーとベットで、ゆっくり疲れを癒した。

オールドタウンの中はこんな感じです
オフリド6

他のヨーロッパ諸国と比べると決して裕福には見えないけど そこもまた素敵です^^
オフリド5


そしてここでも偶然の導きが。
8月の上旬にイタリアで友人と待ち合わせをしている私達は、時間に余裕が無かった為
当初の予定(マケドニア→アルバニア→ギリシャ→イタリア)を変更して
アルバニア行きを諦める事にしていた。

アルバニアに行くにはここから8時間もかかると聞いていたのと、
アルバニアからギリシャ行きのバスや列車があるのかどうかの確認が出来なかったからだ。
しかもアルバニアは道路が悪い為、バス移動は結構時間がかかるとの噂も聞いていた。

湖のほとりでやすさんとルートの調整をして、ギリシャ行きのチケットを買いに行こうとしていた時、
たまたま声を掛けてきた白人がいた。彼の名前はサーシャ、なんとアルバニア人だった。

私達はアルバニア行きたかったんだけど、時間がないから今回は諦めたと言うと、
「誰がアルバニアまで8時間もかかるって言ったんだ??4時間でつくよ!!
 俺は昨日アルバニアからここにバスで来たんだから間違いないよ。」 と彼は言う。

アルバニアはEU諸国の協力で道路が良くなったから、昔みたいに時間はかからないらしい。
しかもアルバニアの首都からギリシャまでの直通バスも出ているから大丈夫だよ!!
これは“アルバニアに行くべき”とのサインかもしれない。
私達はその場で、明日のアルバニア行きを決定した^^

こういう出会いが私達の旅に彩りをつけてくれる。
こうやって変更したルートを進む時は、いつもとは違ったワクワク感がある。
そして明日はアルバニアへ!!

ポドゴリッツア

2009年08月17日 18:55

夜行バスに揺られモンテネグロの首都ポトゴリッツアに到着。
なんとなく閑散とした町だなぁ、という印象を受けつつ町に出てホテルを探してみる。
・・・しかし安宿がない。やっと見つけた一番安い宿でも1人5,000円もする。
この町に着いて気づいたのだが、ここは旅行者は殆ど来ない町みたいだ。
確かに見所もなければ、インフォメーションセンターもない。

ポドゴリッツアの町並み
ポドゴリツア

見るものは殆どない・・・
ぽどごり3

ぽどごり2

仕方なくこの町も泊まらずに、1日観光して夜行バスで次の土地に行く事にした。

それにしても2日連続の夜行バスの移動、そして自炊が出来ない為にサンドウィッチが続くのにも
だいぶ疲れてしまった。その上この町温度が30度以上で少し歩いただけで、体力消耗してしまう。

少し町を観光して、後はどうしようと迷ってる時に、
川沿いで泳いでる人達を発見。行ってみると、そこはビーチになっていた。
私達もそこにサロンを広げて、そのままそこで仮眠Zzzzzz
思った以上に熟睡して、すっきり疲れも取れた私達だった。

しかもこのビーチ親切にシャワーがついている。丸3日シャワーを浴びれない私達は、
早速そこで顔と足を洗いさっぱりした。
しゃわー1

シャワー2

ここはヨーロッパなのに、これまでの旅で一番サバイバルな2日間を過ごしたような気がする。

そして1日この町で過ごしたが、やはりこれと言って見所のない私達にとっては印象の薄い国だった。
そしてまた夜行バスに乗り込み マケドニアへ。

戦争の傷跡 モスタール

2009年08月11日 05:49

スプリットからバスで4時間ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタールに到着。
ここでは1日観光したらそのまま泊まらずに夜行バスで移動する為、バスのチケットカウンターへ。
するとさっぱり英語が通じない。
本当にここはヨーロッパなのか??と思うほどだった。

その時1人の青年がやってきて「なにか手伝いましょうか?」と声を掛けてくれた。
彼も隣のカウンターの長い列に並んでたのに、そこを抜け出してまで私達の手助けをしてくれた。

こうして私達はまた地元の人の親切に助けられた。
たまたまそこにいて、助けてくれたこの1人存在でその国のイメージがまったく違ったものになる。

今回のボスニア・ヘルツェゴビナも彼のお陰で私達にとって とても居心地のいい国になった。

そして私達が買ったチケットはモンテネグロ行き。
ここモスタールに到着するまで次にどこの国に行くか決めていなかった。
バスの時間と行き先を見て次の国を決める事にしていたのだ。
こんな行き当たりばったりな旅は、ヨーロッパに入って以来しばらくしていなかった為、
旅人心に火をつけるようで楽しい。
行き先が決まり自分の望んだように事が進んだ時に、ゲームのクリアした感覚を感じられるからだ。

今後の予定が決まった私達はいざモスタール観光へ。
今朝までクロアチアにいた私達は、アドリア海の優雅な余韻のままモスタールの町に入り
一気に気分が消沈。
モスタル銃1

ここモスタールは内戦の時の銃弾の跡がいたるところに残っている町。
あの戦争を忘れない為にわざと修復していないのかもしれないが、住宅やアパートなど
そこら中に銃跡がある。
もちろんその事実は知っててこの町に来たのだが、
実際に見るとやはり痛々しく暗い気持ちになってしまう。
モスタル2

モスタル3

モスタル4

知識不足の私だが、戦争について そして戦争が残す人々への傷について やすさんと語り合った。

モスタールのシンボル “スタリーモスト”    
モスタル橋1

モスタル橋2

戦争で壊された橋をユネスコの世界遺産に登録し、ユネスコによって修復された。
橋のそばの博物館では 戦争当時の町や 年々橋が壊されていく様子、
そして橋が完成した時の地元の人達の喜ぶ姿が写真と映像で展示されている。

この橋が出来たのは2004年 まだ最近だ。
戦争の事や橋が出来るまでの事を日本のニュースでも放送していたはずだ。
それでも私はここに来るまで“ボスニア・ヘルツェゴビナ” 長い名前だなぁくらいの印象しかなかった。

その土地を訪れることによりその国の歴史を知る。
その国の歴史を知る事によりその国の見方が変わり、そして旅に厚みが出てくる。
そんな意味でも訪れる価値のある国だと思った。

そしてまた私達は夜行バスに乗り込みモンテネグロへ。
シャワーとベットが恋しい・・・

青の洞窟

2009年08月07日 19:16

青の洞窟と言うとイタリアを思い浮かべる人が殆どだと思うが、ここクロアチアにも青の洞窟があるんです。


青の洞窟に行くにはヴィス島からという情報を聞き、地図も何の情報もないこの島へやってきた。
島だし宿代高いんだろうなぁと思い到着したこの島だが、港のインフォメーションで紹介された宿は値段も私達
の予算内で、きれいでまるでホテルのようだし、宿のママも陽気で笑顔が素敵な申し分のない宿。 

ホテルヴィス

部屋のテラスからの眺め
ホテルヴィス2

荷物を降ろし町を観光してみると、のーんびりした素朴な島。
青の洞窟ツアーに申し込む為に訪れた旅行会社はどこも感じよく、出だし好調!!
ヴィス島の町並み
ヴィス島町ナミ

朝9時 港集合
青の洞窟は天気が悪いと洞窟内に入れなかったり、入れても青色に輝かないと聞いてい為
天候の心配をしていた私達だが、この日は朝から痛いほどに太陽の光が降り注いでいた。


ヴィス島から船で2時間小さな島にたどり着く。

小さなボート

今度はそこで10人乗りのボートに乗り換えていざ洞窟へ。


洞窟へ

洞窟の入り口は狭い為 ボートの中の私達は上体を前に倒しかがみながら、洞窟内に入った。

洞窟の入り口

洞窟のなか

すごい!!この神秘的な輝き!!
ツアーで一緒だった欧米人達からも歓声が上がった。
洞窟2

洞窟3

洞窟4

洞窟内に居れる時間はたった10分ほどだが、あの景色は目に焼きついた。

次にビーチへ
ヴィスビーチ2

昼食も含め約2時間の休憩の間、私達はボートをチャーターして緑の洞窟へ。
緑の洞窟は青のような神秘的な輝きはないものの、大きく掘り込まれた洞窟が緑に輝き、
そこに光が差し込み、繊細な青の洞窟と比べるとワイルドさを感じる。

緑洞窟1

緑洞窟2

ここ緑の洞窟は泳ぐ事が出来るんです。
貸切ボートだから時間を気にせず、泳いだり写真を撮ったりと 私達は緑の洞窟を満喫した。

その後ビーチに戻り、透き通るような青さのビーチでまた泳ぎ、
アドリア海を充分に堪能出来た1日だった。
ヴィスビーチ

もっとヴィス島にいたいなぁと感じつつ、朝一番のフェリーでスプリットへ。

ヴィス島のフェリー乗り場から見た朝日
ヴィス朝日

ヴィス島は久しぶりにヨーロッパの忙しさを忘れさせてくれる心地よい島だった。

アドリア海の真珠

2009年08月05日 21:55

エストニアから飛行機でクロアチアのドブロブニクへ。
ドブロブニクはほぼ緯度でいえばルーマニアと一緒。ルーマニアからエストニアまで何日もかけて
夜行バスを乗り継ぎ到着したのに、飛行機でたったの3時間なのが ちょっと悔しい
どぶろぶにく4

ドブロブニクおばあちゃん

ガイドブックでよく見ていたあの景色!!それがここドブロブニクにはあるんです。
しかしこの時期ハイシーズンの為 街中は旅行者でごった返している。
これじゃまるでディズニーランドに来たみたいだ。
ドブロブニクの町並み
どぶろぶにく3

ドブロブニク1

ドブロブニク2

街中の観光を終え、少々人疲れを感じた私達は 
ドブロブニクの景色を一望出来る近くのスルジ山へ登ってみた。
スルジ山1

すると最高の景色!!さっきまであんなに沢山いた人が、ここには誰もいない。
スルジ山2

私達はここからアドリア海の真珠をのんびり堪能した。

ここクロアチアに入って思うこと、まず物価がドーンと上がった。
私たちが泊まったプライベートルーム(民泊)でも1泊3,600円/2人もする。
これが私たちが探した中で最安値だった。
東ヨーロッパの物価にしては高すぎる・・・・・

コーラ1缶の値段を見ても、近隣国の1.5倍から2倍だ。
数年後のユーロ通貨導入に自国の物価を無理やり合わせようとして、ここ数年で
物価が1.5倍以上に跳ね上がったらしい。

実際民家に泊まって感じる事として、物価に対して生活が追いついているように思えない。
キッチンはすぐに水が詰まるし、シャワーのお湯があまり出なかったり、
宿の人が家で食べている食事を見ても結構質素だ。

もちろんそれぞれの家族で違うだろうから、私たちが泊まった3つの家族だけで決め付ける事は出来ない。
私達が買い物ををしているスーパーは旅行者向けの為、地元価格よりも高いこともある。
それでも 何か物価の上昇具合に違和感を感じてしまった。


そしてクロアチア人。
インフォメーションセンターに行ったり、フェリーのチケットを買うにしても どこも優しくない
私達が必要以上のサービスを求めている訳ではないはずなのに、フェリーの時間を聞いたりした時の
答え方や質問への対応が、あまり心地良くない。


ただ宿などの お客様に対しての対応は クロアチア人はとても温かいんです。
私達の泊まった宿のママも私達が自炊していると、自ら油を出してきて
「これを入れるといいよ」と言ってくれたり、自分の作った食事を分けてくれたり、
その上食事の後は娘の写真を持ってきて、私達に紹介までしてくれるほど 非常に温かいものを感じた。
宿のママ
宿のママ

この優しさがインフォメーションセンターやチケットオフィスでも あってもいい気がする。
少なくともここは一大観光地なんだから・・・

話はそれてしまったが、以前から憧れていたアドリア海の真珠 ドブロブニクはやはりきれい。
山の上から見た景色は「うわぁ~、きれい」と声がもれてしまうような美しさだった。
クロアチアに対しての悪いイメージをいくつかこのブログに書いたものの景色は格別だし、
宿のスタッフ達はみんな親切で、そして陽気で素敵な人達だった。

明日は4時間北上しスプリットへ向かう。そしてそこからヴィス島に向かい 青の洞窟へ行く。
まだ見たことのない“青の洞窟”楽しみだ。


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