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アウッシュビッツ強制収容所

2009年07月20日 07:20

ウクライナからまたも夜行バスに揺られてポーランド入国。
ヨーロッパは宿代が高いので夜行バスを使って宿代を浮かせている為、
最近は3日に一回はバスの中で夜を過ごしている。
正直少し疲れ気味だ・・・

ポーランドに来たら必ず行きたかった場所“アウッシュビッツ強制収容所”

アウッシュビッツの正門に掲げられた皮肉なプレート
「働けば自由になれる」働けば自由

働けば自由2

よく見てもらうと解るように アルファベットの「B」の文字が逆さまになっている。
これは強制労働でこのゲートを作らされた囚人達が抵抗の意味を込めて逆さまにしたと言われている。

ここに送られてきたユダヤ人達は何を思いこの門をくぐったのだろう。
映画でよく見ていた門を実際に目の前にした時、
アウッシュビッツに来た事にワクワクしていた私の気分は沈んでいった。

ここは大虐殺が行われた当時のまま残されている。
レンガ造りのバラック(ベットのようなもの)にわらを敷いて寝ていた。しかも1つに何人も収容されていた。
レンガ造りのバラック
レンガバラック

死の壁
ここでは数千人の囚人達が射殺された
死の壁

死の壁に向かって左側にある建物の窓には木の板が取り付けられており、
そこで行われていた死刑執行を見せない為の措置だった。
いくら見えなくても発砲の音は聞こえたはず、囚人達は恐怖に怯えた事だろう。

アウッシュビッツは1940年に設立されたということは、まだ70年経っていないことになる。
死の壁に沢山捧げられた花やろうそくは、遺族の悲痛の悲しみや怒りを表しているようだった。

ガス室
このガス室には1度に2,000人が押し込まれ、15分から20分の間にすべての人が殺された。
ガス室

囚人達は収容所に送られてきた日に収容所管理局長から
「お前達に出口は一つしかない。焼却炉の煙突だ。」と言われた。

なんの罪も犯していない、ただユダヤ人というだけで収容され 殺された。
こんな理不尽なことが、本当に過去におきてしまった。
その事実を目の前にして私は言葉が出なかった。

このブログも書こう書こうと思いながらも、何を書いたらいいのか、どう表現したらいいのか
解らず、なかなか進まなかった。
ただ1つ確実に言える事、アウッシュビッツ収容所に行ってよかった。

歴史の中でしか知らなかった世界を実際に行ってみて感じて、考えさせられることが沢山あった。
映画などで何度も見ているが、どこか遠い国の昔の話のような気がしていた私だが、
実際に訪れて、改めて残酷さ そして人間の犯した罪の重さを感じる事が出来たと思う。



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