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戦争の傷跡 モスタール

2009年08月11日 05:49

スプリットからバスで4時間ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタールに到着。
ここでは1日観光したらそのまま泊まらずに夜行バスで移動する為、バスのチケットカウンターへ。
するとさっぱり英語が通じない。
本当にここはヨーロッパなのか??と思うほどだった。

その時1人の青年がやってきて「なにか手伝いましょうか?」と声を掛けてくれた。
彼も隣のカウンターの長い列に並んでたのに、そこを抜け出してまで私達の手助けをしてくれた。

こうして私達はまた地元の人の親切に助けられた。
たまたまそこにいて、助けてくれたこの1人存在でその国のイメージがまったく違ったものになる。

今回のボスニア・ヘルツェゴビナも彼のお陰で私達にとって とても居心地のいい国になった。

そして私達が買ったチケットはモンテネグロ行き。
ここモスタールに到着するまで次にどこの国に行くか決めていなかった。
バスの時間と行き先を見て次の国を決める事にしていたのだ。
こんな行き当たりばったりな旅は、ヨーロッパに入って以来しばらくしていなかった為、
旅人心に火をつけるようで楽しい。
行き先が決まり自分の望んだように事が進んだ時に、ゲームのクリアした感覚を感じられるからだ。

今後の予定が決まった私達はいざモスタール観光へ。
今朝までクロアチアにいた私達は、アドリア海の優雅な余韻のままモスタールの町に入り
一気に気分が消沈。
モスタル銃1

ここモスタールは内戦の時の銃弾の跡がいたるところに残っている町。
あの戦争を忘れない為にわざと修復していないのかもしれないが、住宅やアパートなど
そこら中に銃跡がある。
もちろんその事実は知っててこの町に来たのだが、
実際に見るとやはり痛々しく暗い気持ちになってしまう。
モスタル2

モスタル3

モスタル4

知識不足の私だが、戦争について そして戦争が残す人々への傷について やすさんと語り合った。

モスタールのシンボル “スタリーモスト”    
モスタル橋1

モスタル橋2

戦争で壊された橋をユネスコの世界遺産に登録し、ユネスコによって修復された。
橋のそばの博物館では 戦争当時の町や 年々橋が壊されていく様子、
そして橋が完成した時の地元の人達の喜ぶ姿が写真と映像で展示されている。

この橋が出来たのは2004年 まだ最近だ。
戦争の事や橋が出来るまでの事を日本のニュースでも放送していたはずだ。
それでも私はここに来るまで“ボスニア・ヘルツェゴビナ” 長い名前だなぁくらいの印象しかなかった。

その土地を訪れることによりその国の歴史を知る。
その国の歴史を知る事によりその国の見方が変わり、そして旅に厚みが出てくる。
そんな意味でも訪れる価値のある国だと思った。

そしてまた私達は夜行バスに乗り込みモンテネグロへ。
シャワーとベットが恋しい・・・



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